父を亡くして思ったこと
2013年2月22日、父が81歳で亡くなりました。
慢性閉塞性肺疾患、いわゆるCOPDでした。診断書によると、11年患っていたと書いてあり、そんなに長くなっていたのか…と改めて思いました。
最近は、息が苦しくなりつつあったのか、酸素の濃度を上げていたそうです。
死より恐ろしい病気とも言われており、どうしようもないほど苦しくなる前に逝って、本人にとっては良かったのではないかと思っています。
葬儀を終えて、とりあえず落ち着きつつありますが、葬儀の前後を通じて感じたことなどをまとめておこうと思います。
死んだあと、どういう人だったと言われたいか
正直言って、あまり尊敬できる父とは言えませんでした。
特に、COPDを患ってからは、自ら進んで寝たきりになってしまったようなところがあり、「前向きに生きよう」というところが見られませんでした。
ところが、弔問に訪れた人たちは、「とても優しいいい人だった」「まだ恩返ししていなかったのに…」と、父の死を惜しんでいるのです。それは、ただの弔いの言葉だったのかもしれませんが、父が遠方から遊びに来た従兄弟たちの世話をしていたことなど、そういえば、人には親切にしていたなぁ…と思い出させてくれました。
人の悪い面ばかりを見ていると、どんどんその人のことが嫌いになります。どうせ付き合わないといけないなら、その人の良い面を見て、楽しく付き合うほうがいい人生が送れるとも思えてきました。
また、自分が死んだ時に、弔問に訪れてくれた人たちは、私のことをどういう人間だったと言ってくれるだろう、と思ってしまいました。
書名は忘れましたが、以前読んだ本に、「自分が死んだ時に、どういう人だったと言われたいか、そういう生き方をしなさい」という記述があったことを思い出しました。
自分の今の生き方が、それでいいものか、もう一度考えてみようと思いました。
とにかくタバコはやめませんか
冒頭に書いたとおり、父の死因は「COPD」でした。
一時期、タバコを止めたこともあったのですが、いつの間にかまた吸うようになっていました。
あの時、禁煙したままだったら、COPDなんてにならずに済んだかもしれないと、残念な気持ちです。
だから、タバコを吸っている人には、父のような苦しい目にあって欲しくはありません。
タバコ、止めませんか?と言いたいです。
おわりに
親は、その死によって最後の教えを語りかけるようです。
その声に耳を傾け、残り少ない自分の人生をより良いものにしていこうと思います。